「雲の糸」


 西暦2315年。人類の生存圏は火星迄到達していた。そして更に木星の衛星へと向かうところだった。

 2100年、軌道エレベーターが完成し、それによって一気に宇宙開発が加速された。軌道エレベーターとは赤道上36,000キロ上空の静止衛星軌道に大型の衛星を設置し、そこから地上に向かってカーボンナノケーブルで作られた太いワイヤーで結ばれた物である。そしてその大型衛星から宇宙空間方向に更に数万キロのケーブルを伸ばし、その先端に下方向の荷重に遠心力でバランスを取る為のおもりを設置した物である。

 初期の軌道エレベーターの時代には地上からの宇宙船をケーブル沿いに引き上げ、ウエイトの部分迄誘導し、そこで切り離す事により引力圏脱出の為のロケットの燃料を節約していた。しかし一番の効果は、それ以前の大気圏突入の様に、無駄にロケットや宇宙船本体を損傷しないで済む事だった。

 22世紀半ばには軌道エレベーターがアフリカ大陸、太平洋、南米、そして大西洋に設置され、その形状もかなり進化していた。静止軌道衛星船は超大型になり、一つの都市と化していた。惑星間移動の基地でもあるのだが、それよりも観光レジャーの一大拠点だった。ワイヤーの数も増え、一般旅客用の快適なエレベーターが主流となり、誰もが簡単に無重力状態の宇宙旅行を体験できるからである。そして衛星船から見る地球はこの時代でも神秘的であった。

 旅客用エレベーターと言ってもいわゆる単なる箱ではなく、大型のホテルがそのまま移動していく様な物だった。最初の加速によるGは極力抑え、快適な旅をする事ができる。その為にスピードは犠牲になり、衛星船に到着するのに2日を要する。これはのんびりと旅行を楽しむ金持ち層や、重力変化に慣れていない初心者コースである。そのような大型エレベーターの場合は地球帰還用エレベーターと同時に移動する事でエネルギーの節約になるのだ。旅行者でない人間にとっては別に小型のエレベーターが用意されており、設備的には必要最小限であるが、ある程度の加速度に慣れているという条件で半日ほどで到着できる。

 貨物用のエレベーターは少々趣を異にする。特に火星基地建設が盛んになった事もあり、大量のしかもかなりの重量物を運ぶのだが、宇宙船に積み込むコンテナをそのまま運び上げる。衛星軌道迄のエレベーターとは別に、バランスウエイト迄の直行便がある。エレベーター初期には単なるおもりであった物だが、この時代は月や火星に向かう為の宇宙船の駐機場になっている。広いただ平らな円盤状の構造であるが、そこには無数の宇宙船が待機している。

 今度は、その駐機場のデッキを見てみよう。宇宙船は運ばれてきたコンテナとドッキングをし、ゆっくりとその円盤から離れる。既に遠心力の方が勝っている状態であるので、そのままでも宇宙船は長楕円周期の衛星軌道に乗っているので、僅かな加速で引力圏脱出速度に達する事ができる。旅客用の中型以下の宇宙船の場合は常時0.4G程度に加速を続ける事により、月や火星迄の長時間の無重力状態を避け、肉体の変調を防ぎ、所要時間も短縮できる。大型船の場合は宇宙ステーションタイプで、外円周部の回転による人工重力を使う。貨物船の場合、乗組員は十分な経験を積んでいる事が多いので、最初にある程度の加速をし、その後は慣性飛行をする事によりエネルギーコストを下げ、飛行時間が掛かる事となるが、重量物を大量に運ぶ為にはやむを得ない事になっている。



 「お嬢!」
 「お嬢はやめてよ。」
 「ウーン、なにぶんにもクライアントの社長令嬢様だし。」

 無骨で逞しい男がコンテナの中から笑顔で声を掛けた。若い女性の方は身にピッタリとした衣装で、そのセクシーでグラマーな体型の線を見せてはいるが、肌艶からもその若さが溢れ出ていた。

 「せめて名前で呼んでよ。」
 「さいですか? んじゃ、メイお嬢様!」
 「それもイヤッ!」
 「仕方ねえなあ。メイさんならいいっすか?」
 「それならいいわ。大体、今回の旅はママのお手伝いを兼ねて、月のお店迄乗せてって貰うのですから、私は助手として搭乗するのですからね。」
 「助手ったって、お嬢様・・・いや、メイさんにやって貰う事ってほとんど無いっすよ。」
 「まあ、ロジャーさんの腕は話には聞いてますから、私が下手なアシストなどできないですよ。貨物船に乗るとなると、結構取り締まりがうるさいですから。」

 ロジャーは小型の端末を個々に梱包されている荷物に宛がい、中身の確認をしている。

 「だけど、メイさんはパスポートも火星ビザも持ってるじゃないっすか。女性で、しかも若くて火星ビザを持てるってなあ、大した事なんですぜ。」
 「でも、商業地区だけですからね。」
 「そりゃ、仕方ないっすよ。メイさんみたいな若くて美人が開発地区なんぞ行こうもんなら・・・。まあ、あそこに行っても仕事にはなりませんがね。」
 「月への密航はとにかく、火星への密航となると、かなりの重罪なんでしょう?」
 「まあね。密航そのものよりも、密航者が向こうでやらかす恐れのある犯罪を警戒してですけどね。何せ、まだまだドームは脆弱ですから、破壊工作をやられたら地下都市を含めて一瞬でアウトですからね。昔の月基地みたいに一カ所ずつ丁寧に作り上げてる訳ではないですし。」

 携帯端末を畳んで大きく頷く。

 「AKIさんの荷物ってな大きさがまちまちですからね。しかも、その時々に全然量が違うから積み込みが厄介ですよ。今回は特に少ないですよ。」
 「あら、それはうちの都合だけではないでしょ? ロジャーさんの『お人形さん』の修理が終わったから、早く引き取りに行きたいって事で臨時便申請した筈ですよね?」

 メイのちょっと悪戯っぽい笑顔に、ロジャーは頭を掻くだけだった。



 身寄りのないボクには宇宙への旅というのは夢のまた夢。勉強をして、いつかは飛行士を・・・なんて事を考えていた時期もあったけど、現実は甘くない。その学校へ入学する事すらやはり夢でしかない。せめて軌道エレベーターで無重力状態とやらを経験してみたいって程度迄夢は小さく萎んでしまっている。それですら今のボクには・・・。

 ボクの名前は小谷翔。パシフィックエレベーターの中に在る小さな輸送会社の下働きのアルバイトに潜り込む事ができた。叶わなくとも夢は捨てたくなかったし、仕事で上に行けるかもしれない希望もあった。


 人は軌道エレベーターの事を『雲の糸』と呼ぶ。確かに離れた場所から見ると、遙か天空に向かって一本の細い糸が伸びている様に見える。しかしエレベーターの最下部で働く人間には途轍もない巨木の下で、まるで自分が蟻の様に小さい存在としか感じられなくなる。

 旅客ゲートには毎日、昼夜を問わず大勢の人間の楽しそうな笑い声が響いている。期待と感激に震えている入場ゲート。満足感と達成感、そして惜別の念を感じる出口ゲート。ボクよりもずっと小さな子供達のはしゃぎ回る声は羨望から屈辱へと変わってきていた。

 そして僅かに残っていた希望が、ある朝突然断ち切られる事となった。
 ショウの仕事をしていた会社が密輸の容疑で捜索を受けた。アルバイトであっても取り調べを受け、容疑無しとなっても、ショウの勤めていたという事実とその会社が不正を行っていたという記録はIDカードに登録され、今後の軌道エレベーターや宇宙関連企業での仕事からは閉め出されてしまう事になってしまう。無職となってしまったショウは数日の余裕でパシフィックエレベーターの海上ステーションからの退去をしなければならなくなった。



 「あーあ、もう二度と上には行けないのか・・・。それ以前にここにも来る事ができない。」

 捜索を受けた会社内で、散らかっている室内やロッカーから私物をバッグに詰め込んでいると、隅の方に簡易型の気密服のパックが転がっているのを見つけた。埃だらけで古い物ではあるが、未使用で外観的には傷もない。旧式の宇宙船を使っていた会社の緊急用の物であった。船で事故があった場合、その気密服で応急的に避難する物だが、実際にはほとんど使われない代物だった。救命パックや酸素パックと組になってはいるが、船外活動できる程に自由度はないし、耐熱、耐放射線機能も無く、万が一使用する機会があったとしても酸素が切れる迄の間、恐怖の中で過ごすしかないという物だからだった。

 それでもショウにとっては、

 「潜り込めるかもしれない。旅客ゲートの通過はできないけど、貨物便なら・・・。うまくコンテナに入り込めたら・・・。もし上で見つかったって、どうせ退去処分とか将来の入場制限だ。もう行く事はできないのだから同じだ。」

 ショウは散らかっているロッカーの中から地上作業員のユニホームを取り出し、小型の作業車に乗り込んだ。 広いコンテナ集積場へはフェンスで仕切られているものの、あちこち開いたままの場所がある。そして小型コンテナ集積場へと向かうのだった。大型は大抵は月や火星向けの貨物用である。軌道衛星船迄の物資はほとんどが小型のコンテナで、ドアの開いているコンテナに潜り込みさえすれば、まず間違いなく衛星軌道迄は上れる筈なのだ。



 「おい!」

 ガードマンの男に声を掛けられた。

 「ダンロジテックってのは入場禁止の筈だぞ。」

 ショウはドキッとした。せっかくのチャンスだったのだが、社名入りのユニホームと作業車という事迄に気が回らなかったのだ。それでも、何とか言い訳をしようと考えを巡らせる。

 「すいません・・・。会社が潰れてしまって・・・。あの・・・、小さな会社だったので、事務所には・・・ボクの私物を置くスペースが無くて・・・、その・・・、違法だとはわかってたのですけど・・・、使ってないコンテナに置かせて貰っていて・・・。退去処分を受けて・・・、それで運び出さないとって・・・。」

 ドギマギしながら、シドロモドロの受け答えしかできなかった。
 しかしそれは気弱なアルバイトに見えたらしく、密航を考えそうには見えなかったのか、ガードマンはあっさりと引き下がった。

 「そうか。誰かに取りに行って貰う訳にはいかないな。廃棄コンテナ扱いだから、そのままだと処分されてしまうか。急いで取ってこいよ。」

 ショウはお辞儀をして、作業車をとばすのだった。


 「大型コンテナは月や火星行きだから警備も厳重だし、第一こんな気密服では・・・。小型で、衛星迄のやつならいいんだけど。」

 小型コンテナ群の中に乗り付け、搬入中のコンテナの脇を、いかにも作業中を装って通り抜ける。

 「これはダメか・・・。目一杯積み込んでるから、ボクの入り込むスペースは無い。」

 と言って、まだ積み込みの始まったばかりのコンテナでは大勢の作業員が居るので絶対に無理。そんな中、男女一人ずつで作業をしているコンテナを見つけた。


 「スペースが勿体ないっすよ。」
 「仕方ないのよ。あなたが急いでいるという事もあるけれど、うちの荷物はどれもお客さんが急がせる物ばかりだから。あなたに専属で運送して貰っているのは小回りが利くからですしね。」
 「ま、仕方ないっすね。ロープでしっかり押さえとかないと中で飛び回ってしまうから厄介っすけど、何よりも重心バランスを取るのに真ん中に集めなくてはならないっつうのが面倒で。」
 「それじゃ私は先に行って上で待ってるわよ。」
 「はい。俺もこいつをエレベーター迄運んだら、追っ掛けで行きますよ。」

 女が車に乗り走り去っていくのを男は見送っていた。そしてコンテナを運ぶトレーラーの方に男が向かった隙に、ショウはまだ開いているコンテナのドアに駆け込んだ。そしてドアの反対側の積み荷の隙間に潜り込む。


 しばらくして口笛とともに、内部に光が走り回り、

 「オッケー!」

 と言う声とともにドアが閉じられた。

 (とうとう・・・。とうとう、ボクは乗り込んでしまった。もう後戻りはできない。一度でいいから無重力とかを体験したら、それでいい。どうせ宇宙には二度と行けないんだし、行くなら今しかないのだから。)

 ガクンと軽い衝撃があり、ゆっくりと動き出す。真っ暗な中、ショウは息を凝らしていた。実際にはそれ程の時間ではない筈なのだが、ゴトゴトと車輪からの振動の中、積み荷の間に入り、結策ロープにしがみついていた。やがてコンテナの外の騒音も伝わってくる。たくさんのコンテナが入り乱れている様な音や、人達の怒鳴り声。小刻みに停止と進行が繰り返され、ショウにも間もなくコンテナが軌道エレベーターにセットされようとしているのが分かる。

 (コンテナ用のエレベーターはGがきつい筈だ。今の内に気密服を着ておかないと・・・。)

 手探りでバッグを開き、気密服を取り出す。形は旧式の宇宙服のようだが、手足の部分はなく、まるで寝袋のような物だった。そして機能的には遥かに落ちる。球状のヘルメットを被り、ゴワゴワした服に入り込む。内部から三重になっているジッパーを引き上げ、小型の酸素ボンベを確認し、その時を待つのだった。



 「よっ、お嬢・・・。じゃなくて、メイさん。」 
 「ロジャーさん。早かったわね。」

 ロジャーは喫茶コーナーに居たメイの前の座った。

 「今は火星行きの便が少ないんっすよ。客船の方はいつも通りですけどね。貨物便でスィング航法で向かうには、ちょっと星の位置関係が悪いんっすよ。月行きが多いんで、馬力のある連中はドンドン飛び立ってますけど、俺の船みたいに力の無いのは地球スィングするんで少し時間待ちですよ。」

 二人が居る窓の外は真っ暗な中、瞬きの無い強い光点の散らばっている宇宙空間だった。デッキには数多くの宇宙船がハムのような円筒形のコンテナを体中に巻き付けるようにして出発を待っているのだ。

 「ロジャーさんは大型を買わないの? うちの仕事だけならコンテナ一個を胴体内に収める小型タイプでもいいでしょうけど。」

 ロジャーは外を眺めたままボソボソ喋る。

 「俺も若い頃はそうしたいと思ってましたよ。っても、まだ30になってない俺が言うのも変なんですけど、このままでいいかなあって考えちまうんですよ。」
 「このままでって?」
 「俺の生きる場所は確かに宇宙空間でさ。火星に向かう時なんかワクワクします。でもね、やっぱ俺は地球人なんですよ。地球のあの強い重力を感じる時、ホッとするんです。ただ、ホッとする事はするんですが、寂しさってやつが・・・。AKIさんの仕事をさせて貰ってから、余計に・・・。」
 「うちの仕事? あまり声高に自慢できるお仕事ではないけど。」

 メイはクスッと笑った。

 「いや、仕事自体は楽しいし、ユーザーの喜びも嬉しいっすけどね。俺はメイさんの家族が羨ましいんですよ。」
 「アハッ。家族って、パパやママ、大パパや大ママ。人に言わせればこの上ない変態家族よ。」

 ロジャーはまじめなままの顔だった。

 「正直、俺も家族が欲しいんですよ。仕事から戻ったら、女房が子供を抱いて出迎えてくれる・・・。そんな夢みたいな事を・・・。」
 「あら、だったら結婚すればいいじゃない。ロジャーさんはいい男だから、まして宇宙船のパイロットなのだからモテモテじゃない。」
 「結婚はしたいっすよ。でも、パイロットも続けたいし・・・。」
 「いいじゃない。」
 「そうはいかないんっすよ。惑星間宇宙船のパイロットはほとんど結婚できないんす。火星に一般の女性が行けるようになるのはまだまだ先です。軍用のバカッ早い船ならとにかく、貨物船だと一航海に半年以上かかりますよね。その間、一人っきりってのはかえってつらいらしいです。女性パイロットとの結婚なんて、俺クラスでは無理ですからねえ。」
 「ああ、そういう事なの・・・。そうよねえ・・・。ロジャーさんの趣味となると、まず居そうもないし・・・。」
 「俺の趣味って?」
 「ロジャーさんはかなり古風なのよね。『お人形さん』はロジャーさんの趣味そのものでしょ?」
 「ああ、『ショコたん』の事っすか。あれは俺ばっかりじゃなく、男としては理想でしょ。」

 ロジャーは少し照れていた。

 「パイロットになる前から日本は憧れの地だったんすよ。まあ、昔の風情は残ってないってのは何となく分かっていましたけどね。日本の女性も心身ともにグローバル化してしまって、残念でした。だけど、ロボットには伝統がしっかり残されていたのは良かったっす。昔の日本女性ってのは、ああだったんすかねえ。」
 「アハハ。まさか。」
 「古臭い趣味だって笑われそうっすが、俺、昔の日本のフィギア集めしてたんっす。何百年も経ってるのに、未だに新鮮ですよ。大量生産品で、今の物に比べたらかなりチャチっすけど、あの芸術性は消えるもんじゃないっすよ。あのメイド服ってのは素晴らしい民族衣装だと思いますよ。」
 「あれは・・・。全然違うけど・・・。それに体型なんかは全く違うし。」
 「その部分は完全に俺の趣味って事は認めます。あんな体型は実際にはあり得ませんけど、俺には理想ですよ。」



 コンテナがガクッと大きく揺れた。そしてすぐ近くで高音のノイズが響いてくる。

 ゴーッという音とともにコンテナはその角度を大きく変えた。

 「ワッ!!」

 円筒形のコンテナが垂直に立ち上がったため、ショウは最底部に転がり落ちた。そしてその途端、ショウは悲鳴を上げたが、自分の声ですら聞こえないほどの轟音に包まれた。


 「ウグッ・・・・・・。」

 強いGで押し付けられ、何重もの柔らかい素材の気密服だったが、ショウには直接壁に触れているかと思えるほどに押し潰されていた。

 「ウゲーーッ!!」

 肺も押し潰されるのか、呼吸もままならなかったが、徐々にそのGに慣れ始めてきた頃、気圧が下がってきて気密服が膨らみ始めた。そして加速度が落ちてきて、定速上昇になってくるとやっと服の中の自由が利き、酸素ボンベの操作ができるようになった。

 「フーッ、結構つらい・・・。旅客用だとゆっくりなので12時間程度らしいけど、貨物はきつい分少しは早いんだろうな。うまく軌道衛星に潜り込めればいいけど、見つかったにしても強制退去処分迄の間は衛星に留まれる。大気圏外から地球を眺められれば充分・・・。」


 壁に触れている部分は激しい振動が伝わってくるが、ドンドン気圧が低くなるにつれ、音は無くなっていく。

 「寒くなってきた・・・。今はどの辺だろう。シールドの内側が曇ってしまう。ま、どっちにしろコンテナ内は真っ暗だから、外は見えないし。」

 体温を保つ為にショウは膨らんだ気密服の中で丸く縮こまる。ただひたすら時間の経過を待つだけだった。



 「間もなくコンテナが着きますね。」
 「そうっすね。そろそろ準備しますか。」

 二人は席を立ち、搭乗口へと向かう。ヘルメットのシールドをセットし、動く歩道に乗り、かなりのスピードでデッキへと向かうのだった。



 「ググッ・・・逆Gが掛かる・・・。」

 減速により、コンテナが目的地に近づいた事が分かる。出発の時に比べれば逆加速度は重力の分だけ減り、慣れた事もあり、さほど苦しくはなかった。そしていよいよ軌道衛星から地球を眺められるという望みが達成される嬉しさにワクワクするのだった。

 最後にガクッとブレーキを感じた。音は聞こえないが、コンテナの振動からエレベーターから外れ、牽引されている事は分かる。

 「着いたのか? あれ・・・? 少ないとはいえ、重力が・・・。軌道衛星だったら、完全な無重力だって聞いていたけど・・・。」



 「コンテナセット。スタンバイ。」
 《ラジャー。データロードOK。スタンバイ30ミニッツ。》

 「メイさん、出発30分前。耐Gシート確認!」
 「シートセット完了。」

 ロジャーはテキパキと操縦席の機器のセットをしている。メイはそれを見ながらシートベルトの締まり具合を確認していた。

 「準備完了。あとはスタート待ちです。」
 「貨物船で月へ行くのは初めてですけれど、かなり加速度は感じるのですか?」
 「ま、乗り心地は客船とは比べ物にはなりませんよ。短時間で加速して、慣性飛行の時間を長く取りますから。それでも俺一人なら最大10G迄引っ張るんすけど、慣れてるとは言ってもメイさんが同乗ですから最大を5Gに抑えてます。その分加速時間が少し余計かかりますけど、どっちにしても月は近いっすから、速度を目いっぱい上げても、その分ブレーキにエネルギーを食いますからね。経済運転で行くのが一番っすよ。」

 パネルスクリーンを見ながら、

 「航路図だと、一旦地球を回る軌道?」
 「ああ、貨物便の場合は原則スィング航法なんすよ。地球の重力を利用して落下加速で一気に速度を上げるんです。火星直行便も星位置にもよるんですが、一度月を回って、もう一度地球をスィングして加速するんです。これで消費エネルギーは格段に節約できるんです。スィングの進入角は厳密に計算しないとロスが増えますからね。そしてスィングが終わった時点での慣性飛行移行ポイントを正確に合わせないと、最短距離を取れないんっすよ。ま、それは地上からデータを送ってくれますから、面倒な事はないです。時間が掛かっても、俺達みたいな貧乏運輸業者はコストが掛からない事が一番っすから。」

 《10ミニッツ トゥーゴー。》

 「最終チェック、OK。スタートデッキ確認。」


 《5ミニッツ トゥーゴー。サブエンジンスタート。》

 「サブエンジンスタート!! OK!!」



 コンテナからの振動が激しいものとなった。エレベーターの時の様な低周期の振動ではない。ショウは慌てて気密服のシールド部をコンテナの壁に押し当てた。それでコンテナの振動音が伝わってくる。

 「エッ?! この音はロケットエンジン?」


 《1ミニット トゥーゴー。デッキオフフック。》

 「フックオフ確認!! メイさん、歯を喰いしばって!! 舌を噛まないように。」
 「はい!」

 《30セカンズ メインエンジンスタート》

 操縦室は激しい振動と轟音が渦巻いた。

 《10セカンズ ブースターオン。》

 背中に掛かっていた圧力が一気に全身に掛かる。

 《3.2.1 テイクオフ。》

 旅客便では感じた事のない強いGでメイの身体は一気にシートに押し込まれた。

 「アウッ・・・・・!!」



 「ウワーッ!! 飛び立った?!」

 簡易気密服は半球状になってコンテナ壁に押し潰される。

 「まさか・・・。」

 ショウには予想外の事態だった。スペースの多い小型コンテナが軌道衛星から飛び立つとはあり得ない事だった。そしてそれは最悪の事態だった。実際には最初の目的地は月なのだが、月へ迄の飛行時間は貨物便なら例え最新型の高速貨物船でも、どんなに早くても一週間以上掛かるのだ。持ち込んだ酸素カプセルは一日分しかない。普通ではコンテナに操縦士が入ってくる事など考えられない。つまり、月に到着した時にはショウは酸欠死が確定したという事だ。

 初めての強Gに押し潰され、絶望の中、ショウは意識を失ってしまった。



 「加速度が落ちてきたようですね。」
 「間もなく慣性航路っすけど・・・。」

 ロジャーのちょっと不審そうな物言いにメイは不安を感じた。

 「何か・・・、あったのですか?」
 「あ、大した事じゃないんすけど、予定より加速時間が12秒余計に掛かってるんすよ。普通ならせいぜい5秒以内に抑えられるんっすけどね。荷物が少しズレたのかも分からないですね。それで重心が移動したのかも。」

 《アフター10セカンズ エンジンストップ。》

 機械的な声のアナウンスの後、エンジンの轟音がいきなり途絶えた。それと同時に無重力状態になった。

 ロケットのあちこちからミリミリ、チリチリという音が響いてくる。エンジンストップにより、高温状態からの急激な温度低下により、金属の収縮で軋み音がするのだ。

 「メイさん、暫くは休憩です。客船と違って船内でもその服は着用のままで居て下さいよ。」
 「はい。外装は弱いのは知ってます。万一の場合、こんな薄い服でも命綱としては確かですものね。」
 「それと、リビングって訳にゃいきませんが、そっちのキャビン使って下さい。俺は慣れてるから、このままでも眠れますから。先は長いですから、休める時にたっぷり休むってのは鉄則ですからね。」
 「ありがとう。それでは少し身体を伸ばしてきますね。」

 磁力ブーツでぎこちなく歩き始める。無重力は慣れているので、楽しむよりも確実に歩を進めるのだ。壁伝いに歩いていたメイはふと壁に耳を当てた。

 ゴト・・・、バサッ・・・というような音を感じた。

 「ロジャーさん、荷崩れしてる?」

 ロジャーは驚いた表情で立ち上がった。AKIの商品は物によってはかなり高額なので、破損させると保険料率のアップにつながるのだ。

 「まさか・・・。荷崩れだったら、もっと航行ルートの変動が・・・。」

 慌てて操縦席の小型スクリーンに触れた。そして・・・。

 「ワッ、これは・・・。」
 「エッ、何ですか?」

 スクリーンにはコンテナ内を赤外線カメラで捉える事ができる。丸く膨らんだ物体がフワフワ浮いていて、壁に当たっては跳ね返されていたのだ。

 「簡易型の気密服ですよ。チキショー!! 密航者かよ。」

 ロジャーは腰ベルトを取り出し、装着する。ベルトには銃やナイフの類が幾つかセットされていた。

 「簡易型って事は幸いだな。向こうからの手出しはできないって事だから、引きずり出して締め上げてやる。」
 「大丈夫? コンテナの中では真空だからこっちに引っ張ってくるんでしょ? 空気のある状態だったら、中から銃でも発砲されたりしたら大変よ。ナイフで突きかかってくるかもしれない。」
 「確かに・・・。最近はほとんど無い密航をするくらいだから、何を用意しているか分からないな。」

 メイは手荷物バッグの中から小さなスプレーを取り出した。

 「ロジャーさん、これ使って。」
 「ん?」
 「麻酔スプレーよ。この先に針を付けて、あの気密服に注入すれば・・・。針穴から内部の空気が漏れるかもしれないけれど、差し込んだままにしておけば漏れは少ない筈。たぶん3分程で眠り込む筈だから、その後にこっちのキャビンに引っ張ってくればいいのよ。」
 「おう、いい物持ってるなあ。それを使うのが一番安全だな。しかし、麻酔が醒めた後はやはり面倒ですぜ。」
 「縛り上げておけばいいのよ。そういう道具は貨物の中に幾らでも在るわ。そっちは任せておいて。」
 「アハッ、そうか。メイさんはそっち方面はプロだった。」

 ロジャーは笑いながらもホッとしていた。

 二人はヘルメットシールドを下ろし、コンテナとの間のエアロックルームに入った。ドアロックを緩めながら、合図をしあう。コンテナへ空気が流失し、一気に気圧が下がる。二人の気密服が少し膨らむ。

 《行くぜ!!》

 インカムの声が響き、ロジャーは壁を蹴ってフワフワしている気密袋に飛び付いた。そして麻酔ガスボンベを宛がう。その間にメイは貨物の中から一つのパッケージを引っ張り出し、すぐにエアロック室に戻るのだった。

 《こっちはOK。だけど、一旦閉めてキャビンに戻ってる。》
 《そうしてくれ。こいつを引っ張り込むとなるとスペースが足りない。キャビンに戻ったら合図しろ。すぐに移動する。》
 《了解!》


 《キャビンに戻ったわ。》
 《OK! 俺が移動する。中のやつの様子は見えないが、動きが無いから麻酔が効いているのか、或いは既に・・・。あ、ヘルメットは外すなよ。キャビンの圧力でこいつの内部の麻酔ガスが噴き出すかもしれないし、中のやつを引きずり出す時には完全に放出されるから。》

 内側のエアロックが開き、ロジャーは幾分萎みかけている簡易気密服の袋を押し込んできた。メイが寄ろうとするのを手で制し、シールドから中を覗き込んだ。

 《ん? 何だかガキっぽいやつだな。》
 《子供?》
 《とは言え、この船の中で暴れられたら事だし、万が一にも操縦装置に触れられたりしたら、それこそ大事だ。いいか、メイ!! この袋を切り裂いて中のやつを出す。すぐに拘束しろ。俺は危険物があれば処理をする。》

 互いにうなづき合う。ロジャーは腰ベルトからナイフを取り出し、メイはパッケージの中から用意してある拘束用のベルトを持って身構えた。

 ナイフが袋に突き刺さり、ブシュッという音ともにガスが吹き出る。ロジャーはそのまま袋を切り開いていった。そして半分程開いて穴からショウを引き出す。

 《まだ待て。中に危険物が在るかも・・・。》

 フワフワと浮いたままの袋を慎重に開くのだが、

 《酸素ガスが一本? 水も食料も無し・・・。それにそいつの服はごく普通の地上作業員の作業服だが。》
 《まるで自殺行為ね。ロジャーさん、念のためIDカードを探してみて。》
 《密航者が身分証明なんか持ってる筈はないっすよ。DNAで調べてもらうしか・・・》

 ロジャーはショウの服のポケットを探った。

 《何? IDカードだよ。》
 《おかしいわね。服を脱がせて調べてみて。麻酔ガスが切れない内に縛り上げておくから。》
 《よっしゃ!》

 ショウの作業衣を慎重に脱がせる。危険物をまったく持ち込まないという事は考えにくいからだった。靴も慎重に脱がせ、内部を調べるのだが、ごく普通の物だった。メイ達は磁力靴で床にしっかりと立っているが、ショウは下着姿で中空を浮遊している。そしてメイはショウのシャツを脱がせ、パンツ一丁にした。

 《そのシャツも普通のやつだぜ。》
 《いいのよ。拘束するにはそれらしい姿でないとね。》

 ロジャーは苦笑いをしていた。

 メイは幅広のベルトをショウの太腿に回す。パチッと音がして固定される。そのベルトはショウの背中を回し、もう片方の太腿に巻き付けられる。その時点でかなり屈んだ格好にされているのだが、ベルトが少しずつ収縮を始めると、更に足が体側に引き寄せられる。

 《そうだよな。メイさんがする拘束って言ったら、そうなるよな。》

 両腕が一旦前に引き出され、同じ様に幅広のベルトが手首に巻き付けられ、そして同じ様に背中を回してもう片方の手首に巻き付けられた。

 ショウは自分の両手で両足を挟み込む様にして後ろに回される。

 「グフッ・・・。」

 かなりきつい体勢にされ、麻酔の効いているショウの口からは苦痛の喘ぎ声が漏れた。

 《そしてこれを取り付けないとね。》

 それはボールギャグで、口に押し込まれ、紐は勝手にショウの後頭部で繋がった。



 《ウーン、何も持ってないっすよ。一体、何を考えて密航したのか・・・。》

 メイはちょっと考え込んでいた。

 《この子をどうするかですけど、一番簡単なのはこのまま宇宙空間に放り出してしまう事。》
 《それは・・・、いくら何でも・・・。》
 《こんな貧相な装備で潜り込んだという事は、多分、密航と言うよりも軌道衛星への無賃乗車のつもりだったのかも。》
 《あ、そうっすよね。》

 ロジャーは壁のモニターを見て、ヘルメットのシールドを外した。

 「換気は終わった様っすよ。」
 「フーッ、息苦しかったわ。」
 「それじゃ、管理局に連絡して、月に着陸した時に引き渡せばいいっすね。」

 メイはショウのIDカードをモニターにかざしていた。そしてモニターに表示された文字を指差して顔を曇らせた。

 「そう簡単にはいかないわ。ここを見て。この子の履歴だけど、最近迄アルバイトしていた運送会社が禁止物資搬送で閉鎖させられているのよ。直接関わっていないから容疑は無いようですけれどね。だけど管理局はどう考える? その会社の関係者が、火星への貨物便に密航したとなったら・・・。ううん、私達が密航させたと考えるかもしれないし、最悪、私達もそういう犯罪に加担しているって考えるかもしれないのよ。」
 「脅さないで下さいよ。そんなのは調べればすぐ分かるっすよ。」
 「それが問題なのよ。調べると言っても、数日掛かるわ。場合によっては一週間以上掛かってしまう。そうなると火星への出発が遅れ、星位置からも火星着は一ヶ月以上遅れるのよ。それだけではないわ。うちの商品はまっとうな物ですから、非合法品は無いけれど、警察当局からユーザーに問い合わせが行くのよ。はっきり言って他人には知られたくない物ですから、お客にとんでもない迷惑を掛けてしまう事になるのよ。それに、わが社のシステムでは性犯罪者には絶対に販売できない様になっているけれど、それだって疑われる事になる。何世代にも渡って培ってきた信用が一気に崩れてしまう。そんな事は絶対にできないのよ。」
 「だからと言って・・・、こんな子供を殺してしまうっつのは・・・。」

 メイは渋い顔をしていた。

 「仕方ないわ。ママに連絡して。詳しく話して、この子のIDカードデータも送って。役所絡みの人脈で、何か方法を見つけてくれるかも・・・。」
 「そうっすね。すぐ連絡します。」

 ロジャーは操縦室に向かい、すぐに機器の操作を始めた。



 メイは宙に浮かんでいる裸のショウを見つめながらニヤニヤしていた。

 「メイさん、連絡しました。まだ月との距離が遠いので、転送に少し時間が掛かると思いますけど。」
 「了解。ところで、この子、そろそろ麻酔ガスが切れる頃ね。暴れれば暴れる程拘束がきつくなるから大人しくさせられるわ。」
 「でも、このベルト、本格的なSMですね。」

 ロジャーもニヤニヤしながら見回していた。

 「無重力状態でこそなのよ。これでこの子が女の子だったら、いろいろ悪戯や責めが簡単でしょう。体重が無いから、移動や位置変えも楽だし。」
 「実際、無理っすよ。無重力ってのは慣性質量はあるものの、反作用が強いからやりにくいっすよ。もっとも、それ以前に犯罪者と言っても人権はありますからね。下手すりゃ、こっちが訴えられるっつう事になるかも。」
 「ウフフ・・・。緊急避難措置ならいいのよね。見ててね。」

 メイはニヤニヤしながら宙に浮かぶショウを見つめていた。



 (イテテ・・・。ウッ、眩しい・・・。)

 ショウは意識を取り戻したが、まだボーッとしていた。

 (痛い? 眩しい? アレッ・・・?)

 感覚としては自由落下の様な不安な状況だったが、それでも宙に浮いている事に気付いたショウは無重力状態だと気付いた。そして死の淵から救い出された事を悟った。まだ焦点が合わないのだが、宇宙服を着た二人を見た。

 (ごめんなさい。有り難う・・・。)
 「ガラララ・・・ララガワ・・・?」

 (エッ? 口に何か・・・。アッ、縛られてる?)

 「やっと気が付いたのね。それにしても、こんなに若いのに一生を台無しにしてしまう程の罪を犯してしまうなんて・・・。」
 「今時、密航するなんて、何を考えてるんだか。」
 「そうよ。火星への密航は厳罰だから、余程の事がない限り誰もしないのに。」

 (エッ? 火星? まさか・・・。)

 軌道エレベーターの地上作業員の最初の研修で、きつく何度も言い渡された事項を思い出した。火星への密航は火星基地の破壊工作と見なされるのだ。

 「目的は何なの? 持ち物には危険物は無かったわ。テロ? それとも禁止薬物の密輸? そんなところよね。」

 メイは目でロジャーに同意を求める様に促していた。

 「あ、そうっすね。よっぽどの事でもないと密航なんてリスクを犯すなんてのは。」
 「だとすると、危険よ。きっと体内に隠している筈。薬物だったら、この船に持ち込まれたら船長の責任って事になってしまうし、爆発物だったらもっと危険よ。出させて確保しておかないと。」

 メイがナイフを取り出し、ショウの腹部に宛がった時、ショウは勿論ロジャーも驚いた。

 「メイさん! いくら何でも・・・。」
 「まさか、腹を割いたりはしないわよ。」

 そう言いながら、ショウの身に着けている最後の下着に刃先を当てた。ピッと切り裂かれたパンツが宙に浮き、ショウの身体から離れていく。

 「ガファーーー!!」

 メイは極めてクラシックな浣腸器を持っていた。しかも1リットルは入るかという大型の物なので、ショウにはそれが何であるかすら分からないでいた。さすがにロジャーは普段から扱っている商品なので分かるのだが、それでもその巨大さには驚き、呆れていた。

 「メイさん、それはまずいっすよ。そんなのを全部入れたら噴き出して、このキャビンに飛び散りますよ。」
 「大丈夫なのよ。これは普通の浣腸液ではないのよ。」

 (エッ!! 浣腸? まさか・・・。)

 「最初はサラッとした液体ですけれど、水分によって粘度の高い液体に変化するの。この量を入れたら、小腸迄一杯になるでしょうから、その付近の軟便でもかなり固形分に近くなるでしょう。ですから飛び散るなんて事はないですよ。そして外気に触れると、表面が少し硬化して薄いフィルム状になって包み込むので、処置にも便利なのよ。」
 「ヘーッ、最近の医学の進歩ですか。」
 「アハハ・・・。まさか。あくまでもSM用に開発された物ですよ。」
 「でも、地上と違うから、入れにくいっすね。しっかり押し付けられないし。」
 「そうですね。重力があれば逆さにしておけばかなり入りやすいのだけど。ロジャーさん、少し手伝って下さい。」

 メイはたっぷりと液体の入った浣腸器をキャビンの真ん中の床の上に立てた。地球上であれば筒の自重で中の液体が吹き出てしまうだろう。

 「はい、その子をここに持ってきて。浣腸器の方に填め込んで、上から押し付ければいいのよ。」
 「あ、なるほど。磁力靴を少し強めにすれば強く押し込めるって訳だ。」


 「ムルァブァ・・・!!」

 腰をロジャーに両側から支えられたショウは泣き叫びながら暴れるのだが、激しい動きをするたびに拘束のベルトがドンドンきつくなってしまう。その為にますます身体を動かす事ができなくなってしまう。

 (ワーッ!! やめてーーっ!!)

 晒け出された肛門に大型浣腸器の嘴が触れる。グリグリッと捻られる様に揺すられると、固くて冷たい異物がショウの肛門を貫いた。冷たい液体が直腸に進入してきた。

 「バワッ!!」

 尻が筒にピッタリと押し付けられ、強い圧力を掛けられ、液体がドンドン体内に入ってくる。

 「一気に入れると苦しいでしょうし、奥迄入りにくいですから、私がマッサージで導きます。」
 「了解。意外と楽しいですね。」
 「でしょう。あ、途中で噴き出ない様に、ピッタリと押さえておいて下さいね。」

 メイがショウの腹部を大きく撫で始める。ボコボコっという音とともに液体が大腸に流入し始めた。

 (苦しい・・・。アウッ、出させてーーっ!)

 強い便意と腹痛が起きる。ショウの内臓は浣腸液の刺激と大量注腸を押し出そうとして激しい蠕動運動を起こした。小腸、大腸が下痢と同じように動き出すのだが、出口が塞がれている為、その蠢きにより液体は一気に大腸を埋め尽くし、小腸迄入り込んだ。ショウの腹部が見る見る膨れていく。そして痙攣する様に小刻みに震える。涙と汗と、嵌口具の隙間から唾液も溢れ出る。しかし飛び散る事はなく、ショウの身体にへばり付く様に広がる。エアコンが働き出し、乾燥した空気がショウの身体を覆う。


 「あと少しで全量入りますよ。」
 「最後迄ゆっくりとね。小腸全体に行き渡る様にマッサージを続けますから。」

 喘いでいるショウの腹部を掴んでこねる様に揉んでいく。

 「途中で水分を吸収しながらですから、さすがに送り込みにくくなってきたわ。そろそろいい様ですね。」
 「メイさん、本当に大丈夫なんでしょうね。飛び散ったりしたら、掃除も大変だし、機器に付着されたりしたら・・・。」
 「それは心配ないわ。むしろ地上よりも楽しい事になる筈よ。」

 メイはニコニコしながらショウの腹を軽く叩いた。

 「さあ、坊や。出させて上げる。しっかりと映像記録して上げるから、素っ裸で縛られたまま、思いっ切り排便してしまいなさい。」

 (ウオーーッ!! やめて!! 出ちゃうーーーっ!!)

 大型浣腸器から引っ張り上げられ、キャビンのほぼ中央に浮いたショウは排泄の映像を撮られてしまうという汚辱の恐怖に耐えようとしたが、肉体的には既に限界を超えていた。

 「バ!! ブァマーーッ・・・!!!・・・。」

 「ウワッ!!」

 ロジャーも驚きの声を上げた。

 宙に浮いたショウの肛門から、いきなり太い茶色の汚物が、まるで棒の様に飛び出してきた。50センチ程度の長い棒なのだが、確かにメイの言う通り、飛び散る事はなく、その後も少しずつ伸びてきていた。

 「ヘエーッ・・・。本当に固まったままなんすねえ・・・。」
 「そして更に匂いも少ないでしょう。表面がフィルム状に硬化するので、柔らかそうに見えてもしっかりとカバーされているのよ。私も無重力状態で使ったのは初めてですけれど、予想以上に楽しいわね。」
 「まるで金魚の糞みたいっすね。でも、随分浣腸が入った割りには出てくる量が少ないですね。」

 ショウはいつ迄も続く激しい便意に苦しんでいた。息んでも排泄が進まず、腹痛は治まらない。

 「体内の排泄物やまだ残っている未消化物が腸内で繋がっているのよ。さすがに蠕動だけでは簡単には出てこないわね。見ている方は楽しいけれど、ご本人は全部出てしまう迄はかなり苦しいらしいわよ。」
 「ウーン・・・。それは少し可哀想ですね。」
 「だったら、楽にして上げたら?」
 「楽にったって、どうすれば・・・?」
 「だから引っ張り出して上げればいいのよ。」
 「引っ張るって・・・。ゲッ、まさかこれを掴んで?」

 メイはニヤニヤ笑っていた。

 「表面がフィルムで覆われているとはいえ、直接掴むのは気分が悪いでしょう。それにここでは引っ張ったとしてもこの子の身体も支えていないと無理ですよね。だから便の先端をトイレの排出口に減圧させて吸い込ませておけば、身体の方を引っ張れば抜け出やすくなりますよ。」
 「それ・・・、俺がやるんすか?」
 「当然でしょう? 私はこの子を放り出してしまえば簡単だと思っているのですから。あ、でも、ゆっくりと引っ張り出して上げて下さいね。外気に触れないとフィルム状に包まれないので、いきなり引きずり出すとフィルムが切れてしまう事になりますから。」

 その時キャビンの壁に掛かっていたモニターに一人の中年女性の顔が映し出された。

 「あ、ママ。」
 「社長!」

 《やっぱりまずいわよ。メイもロジャーも確認しなかったの?》
 「すんません。いつもの様に気楽に・・・。」
 《今、知り合いに色々調べて貰ってるのだけれど、かなり難しいわ。》
 「やっぱりね。途中で放り出してしまうしかないのね。」
 「・・・、殺人をしろってんですか?」

 ショウはやっと自分がどれほど苦境に陥っているのかをやっと悟った。そして嵌口具越しに悲鳴を上げた。

 《ああ、その子ね。若くて可愛らしいわね。でも、かなり難しいとは言いましたが、絶対にダメという訳ではないのよ。勿論かなり確率は低いのですけれど。それでも可能性はあるのですから、少し現状維持で待機していて下さい。》
 「現状維持って事は、これ以上の事はダメ?」
 《そうねえ・・・。メイにとってはいいモルモットでしょうけれど、不可逆改造はダメって事ね。》
 「ウーン、残念。でも、月に到着する迄の退屈しのぎにはなりそうだし、新薬の治験はできそうね。」
 《最終ライン迄はまだ時間がありますから、何か方法が見つかったら連絡します。》
 「はい。また後で。」

 モニターの映像が消えた。

 「あのう、メイさん。さっき社長の言ってた『不可逆改造』って何すか?」
 「ああ、それは私達の本職の方の事なんですけど、人体改造をする場合、手術とか薬品処置とかするでしょう。例えば簡単な整形手術だったら、後で元に戻す事もできるし、ホルモン療法でも時間が掛かったり、副作用が出たりするにしても戻せるわ。だけど四肢切断とか性器除去手術なんかだと絶対に戻せないわよね。それを『不可逆改造』って言うのよ。」
 「ウオッ、そんな手術もしてるんすか?」
 「あら、女性化手術はほとんどが性器除去ですよ。ほら、火星には女性がほとんど行けないから、結構需要が多いのよ。」
 「あ、なる程。確かに地球でも何カ国かが同性婚を認めてますけど、地球外では全面的にOKですしね。」
 「そうよ・・・・・・、エッ・・・? アッ!!」

 ちょっと考え込んだメイだったが、すぐに微笑みを浮かべた。

 「ですから、短い期間だけれど、暇潰しの道具を取ってきます。」

 ヘルメットのシールドをセットし、キャビンから連絡通路気密室に向かう。

 《ちょっと大物を運び込みますから、後で手伝って下さいね。》
 「エッ、大物って事は荷積みのし直しが必要なんすか?」
 《申し訳ないけれど、そうなりますね。それにキャビンにセットしますから、少し狭くなるかも。》
 「ま、それはいいっすけど、こっちの坊主はどうします?」
 《さっき言った方法で排泄物を引き抜いておいて下さい。》
 「はい。仕方ないッすね。」

 ロジャーはメイの指示した通り、キャビンの隅のトイレに相当する設備の方にショウを運んでいく。ショウはいつ迄も解消しない激しい便意と腹痛に喘ぎ続けていた。

 「さてと、これでいいのかな。おい、坊主。俺の合図で息張れよ。そうすりゃ、排泄しやすいと思うからな。」

 ショウは汚辱と苦痛から早く逃れたかった。

 「さあ、いくぞ。そら、ヒーヒー、フーッ!!」

 腰を掴まれてグッと引っ張られる。それに合わせてショウも息張った。

 ズルッ・・・という感じで体内の異物が引き抜かれる。僅かだが、肛門を通り抜けていく物を感じた。

 「ほれ、ヒーヒーフーッ。」

 再びズルッと異物が移動する。ショウには大腸内の移動を感じ、少し遅れて小腸の中での移動を感じた。それは排泄をしているという自律神経の働きを促し、腸自体の蠕動運動が激しくなり、まるで下痢の時の様な勢いで移動を始めるのだった。

 「そら、ヒーヒーフーッ。」

 ズルズルッといきなり大きく移動し、肛門を激しく摩擦しながら汚物が引きずり出されていく。ロジャーは苦笑いしながら少しずつ後退を始める。ショウは不快な腹部膨満感が少しずつ減少し、いつ迄も続く排泄を快感と感じてしまっていた。

 《ロジャーさん。大型機器はロックドアの手前に置いてあります。搬入の時はお手伝いをお願いしますね。》

 「了解。こっちもだいぶ出てきましたぜ。」

 ブシュッと音がしてキャビンのドアが開き、メイはかなり大型の箱を押して入ってきた。無重力で浮いてはいるが、慣性質量が少なそうで、箱の大きさの割りには中身は軽そうに見える。

 「あら、もうそんなに出ていたのですか。」
 「意外とおもしろい趣向なんすね。」

 ロジャーは笑いながらショウの肛門をメイの方に見せる。長い茶色の紐がユラユラと揺れていた。

 「それ、もっと出してしまおうぜ。ほら、ヒーヒーフーッ!」
 「あはっ、まるで出産の時みたいな掛け声ですね。」
 「アッ、そうか。でも、この合図でうまく息張るから、かなり勢いよく出てきてますよ。」
 「確かにそうみたいですね。排泄物の色が薄くなってきてますね。小腸内の未消化物みたいですから、間もなく全部抜け出ますよ。」 

 最後にズルズルッと勢い良く引き抜かれた汚物は真っ直ぐな棒状からゆっくりと蠢きながら排出口に吸い込まれていった。

 ボールギャグ越しにホッとしたショウの声が漏れる。

 「メイさん、この坊主、Mなんすかね。」

 ロジャーの笑い声に

 「エッ、なぜ?」
 「こいつ、素っ裸で浣腸されてんのに、チンチンおっ勃ててんすよ。」
 「あら、本当ね。だとしたら、肛門拡張の間も搾って上げないとならないわね。」

 「ブァバ・・・!」
 (ち・・・違う! 小便を我慢してるから・・・。エッ、肛門拡張・・・って・・・、ボクの・・・?)

 「アハハ・・・。でも、いいんすか? 承諾していないSM行為は暴行罪とか強制猥褻罪になりゃしませんか? さっき社長が言ってたように、いい方法があったとしても、今度は俺達が犯罪を犯したって事になるとしたら、この坊主を放り出す以外に方法は無くなってしまいますよ。」
 「相変わらずロジャーは心配性ね。さっきの浣腸は危険物または薬物捜索の為の行為よ・・・って事になるわよね。」
 「ウーン、まあそれはそれなりに通りますけどね。」
 「この船には私とロジャーとこの密航者だけ。ロジャーが24時間起きていられる訳はないのだから、あるタイミングで私とこの坊やだけが起きている時間があるわね。そんな時にこの坊やがなぜか拘束具から逃れたとしたら、男と女だから私が押さえ込まれて・・・。」
 「まさか。メイさんはかなり強いし、武術とやらもマスターしていると聞いていますよ。」
 「可能性の問題ですよ。だから絶対にそういう事にならないように性欲を催さない程に先に強制射精させてしまうのよ。まあ、精子の遺伝子検査をしておきたいという事もありますけどね。」
 「んじゃ、ケツの穴をおっ広げるっつのは?」
 「あのねえ・・・。これが一番大事な事なのよ。元々二人分しか食料や飲料水などは積み込んでないのですよ。ある程度の余裕は見てあるけれど、三人分だとギリギリか不足よ。私はこんな密航者の為に自分の食事を減らしたくなんかないわよ。とは言え、まさか餓死させる訳にはいかないから、積み荷の中から『食料』を使うしかないし、『水』は『リユース』するしかないのよ。だとしたらロジャーさんがやりやすくする為と、大腸弁の取り付けをしないとならないでしょ。」
 「ゲッ・・・、それ・・・俺が・・・?」


 「さてと、色々と処置をしないとならないので、ロジャーさん、エアロックに置いてある物を運んで下さいな。その間にこれを取り付けておきますから。」

 メイが先に運び込んできた箱の中から、ショウだけが知らない物を取り出した。ロジャーはニヤニヤしながらも何か照れ臭そうな、それでいてショウに哀れみの視線を向けていた。

 「ほい。引っ張り込んできますよ。」


 「さてと、こんな物は見た事がないでしょうね。」

 ショウの鼻先に不思議な器具を差し出す。見た事のない物ではあるが、その透明な物体の形から、ショウにもその器具がどこに取り付けられる物かは分かった。

 (それ・・・、まるでオチンチンの形・・・。)

 「ムァラグァ!!」

 予想通りにその器具がショウのペニスに宛がわれた。その途端、スポッと吸い込まれるように器具の中にペニスが睾丸ごと填り込んだ。

 「グオーーーッ!」

 ペニスがいきなり激しい摩擦を受けた。涙を振り払い、動きにくい首を無理に下に向け、股間を覗き込むと、ペニスを包んだ透明なカバーが大きく蠢いていた。

 (ウワーッ!! やめてっ!!)

 それが何をさせる物であるかはすぐに分かる。汚辱に苛まされていても、肉体への刺激は別物だった。

 (アヒーッ!! ダ・・・ダメ・・・。)

 振り払おうとして暴れようとするのだが、拘束ベルトがピチピチッと音がして更にショウの手足を引き絞る事になる。

 「オッ、始めてるんすか。そいつは電マの最高級品じゃないっすか。いいんすか? そんなに高い物を使っちゃって。」
 「いいのよ。最終的にはこの子に支払って貰うのだから。まあ、放り出してしまう事になったら大赤字ですけれど、それでもいいように色々治験をさせて貰うわ。」


 (ヒッ・・・、アクッ・・・。)

 腰骨の奥の方から耐え難い突き上げが来た。

 「ムァウッ・・・・・。」

 悲鳴のような喘ぎ声と同時にショウのペニスが弾けた。尿道を塊のように突き抜けていった。

 その淫具の先端から伸びている細いチューブの先がプクッと白く膨れている。

 しばらくは放心状態だったが、トクトクと噴き出していく残りの精液も制御できず、ショウを見詰めている二人の視線から逃れるには、ただ目を瞑っている事しかできなかった。精神的にはまるで強姦と同じように高められている訳ではない。放精後の精神的な落ち込みは更に輪を掛けるものだった。

 「ま、若いから仕方ないんでしょうけど、短小で早漏ってのはどうしようもないわね。」
 「東洋人は小さいって聞いてますけど、確かに子供並みの大きさっすね。んにゃ、俺の子供の頃の物に比べても遙かに小さいっすよ。」
 「ウフフ・・・。確かにロジャーさんから見ればね。」
 「エッ、メイさん・・・。知ってるんすか?」
 「あら、当然でしょ。『ショコたん』の製造は私も手伝っているのよ。ユーザー仕様であそこの大きさや構造を調整するのですから。」
 「アッ、そうか・・・。確かに3Dスキャンデータ取りましたっけ。」

 二人の笑い声がショウの胸に突き刺さる。自分でも劣等感になっている物ではあるが、それでも辱めを受けたまま、晒け出された状態では余計精神的な苦痛となるのだった。

 そしてペニスが萎えようとするのを許さない蠢きが始まる。

 (アウッ・・・、お願い。やめて・・・。)

 引っ張られ、前後に擦られ、そして細かい振動で捻られる。精神とは無関係にペニスへの充血を促されてしまうのだった。


 「ウーン、量も少ないわねえ。DNA解析には使えるでしょうけれど、幹細胞生成には不足ね。」
 「アレッ? 確か、それってクローン技術のやつでしょ? 通常の体細胞を使うんじゃないんすか?」
 「普通にはね。皮膚とか場合によっては臓器の一部を形成するにはそうですよ。ママの所でやっているのは全然違うの。女性化手術は整形だけでは不自然さが残るからホルモン処置が必須なのは知ってるわよね?」
 「ええ、何度も見てますからね。AKIさんの所の女性ホルモン処置技術は業界随一って聞いてます。」
 「合成ホルモンではないのよ。手術を受ける人の身体でホルモンができれば一番いいのよ。まあ、ロジャーさんは身内みたいなものだから、教えて上げますけど、秘密にしておいて下さいね。」
 「なんすか・・・。法に触れるような?」
 「ウウン、そうじゃないの。少ないとは言え商売敵があるから、優位性を保つ為に秘密にしているのよ。それでもノウハウと長年の研究実績があるので、簡単に真似はできませんけれどね。」

 ロジャーは大きく頷いた。

 「まずは私から質問。女性ホルモンって身体のどこで作られます?」
 「そりゃあ、女にしかない器官って事っすから、乳房と子宮とかじゃないんすか?」
 「そうよ。男性でも乳房は割りと楽に形成できるけれど、子宮とか卵巣は絶対に無理。合成ホルモンでは耐性ができてしまうので、持続的に長期間処置しないとならないわ。しかもどうしてもホルモンバランスが狂うので、結構苦しいのよ。だけど自分の体内で作られるホルモンなら耐性はできない。」
 「それは分かりますけど・・・、男の場合は・・・。」
 「女性としての乳房の細胞移植をすればいいのですけど、他人の細胞では抗体反応を起こしてしまい、移植は不可能。」
 「ですよね。」
 「だから、男の人の、その人の女性の細胞で乳房とか子宮を移植すればいいのよ。」
 「それは・・・無理っすよ。俺だって、男の染色体はXY。女がXXって事くらいは知ってますよ。」
 「その通りよ。そこからが・・・フフフ・・・。」

 メイは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

 「体細胞からY染色体を除去し、精子の内のX染色体だけを取り出して入れ替えて上げればどうです? 元々が自分のDNAなのですから、抗体反応はかなり低くなります。それを幹細胞として乳房の細胞を形成し、あるいは子宮細胞として形成すればそこでごく普通の女性ホルモンが生成されるようになるのよ。勿論DNA解析で、より強化するのですけれどね。」
 「ヘエーッ、凄いんすね。ところで、この運び込んだ物はどこに設置します? それよりも、一体何なんすか?」

 複雑な凹みのある、一本足の椅子のような物である。

 「それは本来は低重力の月で使う物なのですけれど、無重力状態でも使えると思うわ。この子の改造をするのに、支えておかないと難しいですからね。」
 「あのう、本当にやるんですか?」
 「ママも言っていたけれど、不可逆改造はしません。だけど、私としてはかなりの譲歩だと思うわ。だから、短期間でもあるし、限度一杯の処置をしてみるわ。」

 ロジャーは顔をしかめていた。

 「仕方ないっすね。自業自得ってやつっすよね。」

 キャビンの真ん中に椅子を立て、その上に喘いでいるショウを座らせる・・・と言うよりもセットすると言った方がいいかもしれない。

 「まずは前処理をしておかないと。」

 メイは金属製の道具箱を開き、その中の色々な物を繰りながら調べていた。

 「見た事のない物ばっかりっすけど、見るからに卑猥そうな感じッすね。」
 「そうよ。これは改造に使う道具ですから、非改造者に対して、いかにも卑猥な改造をされるっていう事を認識させる為の物なんですよ。ですから麻酔を使っての手術の時用の物の場合は外見は気にしない作りですけれどね。まずはこれね。」

 取り出された肌色の、まるで厚手の大型コンドームのような物にロジャーは首を傾げた。それはショウには大きすぎる感じだったからだ。



 (アクッ・・・、また・・・出た・・・・。3回目・・・。つらいよ・・・・、もう、搾らないで・・・。ヒーーッ、何? お尻に何か・・・。痛い!!)

 肛門に冷たい金属物を挿入され、無意識に締め付けてしまう。すると更に強い痛みが走るのだった。

 「アッ、力を入れない方がいいわよ。肛門拡大鏡で拡げているのですけど、無理に力を入れると肛門括約筋が切れてしまうわ。そんな事になったら、一生垂れ流しになってしまうわよ。もっとも、その一生と言っても、月に着く迄の間だけかもしれないし、そうでなくても開いたままの肛門だったら、それなりに改造しやすいしね。」

 ショウにとってはどちらにしても恐ろしい事だった。下腹部への陵辱は性的な手術をされてしまうかもしれないという事は理解できている。完全に動きを封じられているので、悲鳴を上げても逆らう事はできなかった。

 「手術の為に肛門拡張をするのですけれど、当然ながら排泄物が流れ出しては困るのよ。だから人工肛門を取り付けるのですけれど、それは大腸噴門の所に着けるのよ。排泄物を留めるのは本来直腸ですけれど、それを大腸の方に移動させるの。だけど大腸と直腸の間にはS字結腸という部分があって、曲がりくねっているので、後から吸引排泄用のパイプが入れにくいのよね。ですからこの人工肛門にはその部分を真っ直ぐにさせる機能があるのよ。」

 メイは肌色のコンドームのような物を拡げられている肛門に挿入する。そして覗きながら細い棒を中に差し込み、押し込んでいった。

 (痛い!! やめてくれーーっ!!)

 直腸の奥に差し込まれた棒が、まるで内臓を掻き回すような痛みを与える。その鈍痛もすぐに無くなり、肛門拡大鏡を緩められ、引き抜かれた時にはショウはホッとしたようにため息をついた。

 「お尻の方はすぐには進まないから、その間にホルモン注射をしておきましょうね。」

 その言葉にロジャーはちょっと考え込んだ様子で問い掛けた。

 「あの・・・、すぐに進まないって・・・どういう意味っすか?」

 メイは道具箱を掻き回しながら、注射器や薬品瓶を取り出していた。

 「今入れた肛門拡張具の事?」
 「そうじゃなくて、尻に差し込んだ薄いゴムのようなやつっすよ。」
 「ああ、だからそれが肛門拡張具なのよ。そして人工肛門よ。」
 「でも、柔らかい素材っすよね。何か別の器具でも入れるんすか?」
 「ううん、これだけでいいの。もうすぐ水分を吸収すれば弾力性は高いものの、本来の形を保とうとするわ。合成皮膚組織、通称人工スキンですけれど、それの強化版の形状記憶高分子蛋白質素材よ。直腸粘膜はどうしても摩擦に対しては弱いので、粘膜強化剤を浸潤させてありますが、それでも当分はこの素子で保護して上げておきませんとね。」
 「ヘエーッ、何だか良く分かんないっすけど、凄い物なんすね。」
 「ほら、見ててご覧なさい。肛門が少しずつ開いてきてるでしょう。」

 ショウはハッとして肛門に意識を集めた。拡大鏡を入れられ、引き抜かれた違和感がずっと続いてると思っていたのだが、息んで肛門を絞ろうとしても、まるで放屁の最中のような肛門の拡がりを感じた。

 「んで、どの程度迄拡がるんすか?」
 「どの程度って、さっき見たでしょう? あの形になるのよ。」
 「あの形って・・・、結構でかかったすよ。」
 「ですから、最初のあの形に迄拡がるのですよ。ですからロジャーさんの物でも楽に挿れられるでしょう。」

 (尻の穴を拡げられる? そして、そのパイロットの人の『物』を挿れる? まさか・・・!!)

 ようやく意味の分かったショウは激しい悲鳴を上げた。そして暴れようとしたのだが、椅子にスッポリと収まってしまっていて、手足が再び少し引き絞られるだけだった。

 「ま、仕方ないっすか。それで流れ出ないようにの人工肛門なんっすね?」
 「そうですよ。排泄には特殊な器具を差し込まないとできないのですが、直腸から大腸へはすんなりと入りますからね。」
 「へヘーッ。面白い玩具もあるんですねえ。」

 ロジャーは笑いながら、少しずつ肛門が開いていく様子を見詰めていた。

 「ロジャーさん、これは『玩具』ではありませんよ。」
 「ヘッ?」
 「確かに『大人の玩具』にもほとんど同じ機能の物もありますけれど、これは『玩具』ではなく改造用の道具ですよ。」
 「改造・・・って、そりゃ長い事入れっぱなしにしとけば、やがては肛門が開きっぱなしになるかもしれないってのは分かりますよ。」

 メイはニヤッと笑った。

 「『入れっぱなし』っていうのが少し違うわね。ロジャーさん、これが抜けると思っているの?」
 「エッ?」
 「素材は形状記憶高分子蛋白質って言いましたよね。人工蛋白質ですから融解には少し時間が掛かりますが、肛門、直腸、S字結腸から大腸噴門に融け込んでしまうので、剥がす事はできませんよ。だから、最初の形の空洞は永久にそのままになるんですよ。」
 「って事は・・・もう、こいつの尻の穴は永久に開きっぱなし?」

 ショウには聞こえていなかった。ちょうど搾精された瞬間だったからだ。連続での射精で疲労困憊で、それでもまだペニスへの刺激は続いている。もし聞こえていたら、絶望の悲鳴を上げていた筈だった。

 「それだと垂れ流しに・・・。ああ、それで人工肛門って訳ですか。だけど、それも外せないんすか?」
 「そうですよ。自力排泄は永久にできない事に・・・と言っても、月に着く迄に放り出してしまう事になるでしょうから、この船の中を汚物で汚さない為に・・・という事になるのでしょうけれどね。」

 ロジャーは少し顔をしかめていた。

 「万が一、社長が方法を見つけて、こいつが命を長らえる事になったとしても・・・。可哀想な身体に・・・。」

 メイはロジャーの言葉を無視して道具箱を掻き回していた。そしてエアブラシのような器具を取り出し、それをショウの胸に宛がう。


 (クッ、つらい・・・。ウッ、今度は何? アッ、それは超音波注射器? 胸に押し付けてるって事は・・・。)

 ブシュッと音がした。痛みはないが、薬液が胸の皮下に入り込んだ感覚はある。

 「ブァワーーーッ!!」

 ロジャーは勿論、ショウでさえもそれが何をする為の注射であるかはすぐに理解できた。

 「アハハ、やっぱりホルモン注射っすか。」
 「月迄の短期間ですからね。本当なら、こういう子は時間を掛けて改造してみたいのですけれど。いくら高濃度注射でもそれ程大きくはできませんが、プロテインも一緒に注入しながら外見だけでも大きくしますよ。」

 そう言いながら超音波注射器がショウの胸を撫で回す。最初の内はみみず腫れのような線状の膨らみだったが、その線が続けられている注入でやがて円盤状になる。そしてその円盤も段々と真ん中が盛り上がってくるのだった。

 (ワーッ、よして!! オッパイがーーっ!!)



 ショウは朦朧としたまま、ただ喘ぎ続けていた。肉体的には信じられない程の疲労に苛まされている。胸はずっと鈍痛が続いており、ペニスもずっと揉みしだかれたままだった。吸引されている事で形状はそのままだが、勃起状態にはなっていない。そして肛門は拡げられたままで、既に自分で引き絞ろうという力も気力も残っていなかった。
 乗組員の二人は操縦室の方に移動しており、幾分照明の暗くなったキャビンの真ん中で固定されたままだった。

 (ボクはどうしてこんな事に・・・。単に無重力状態を体験したいだけだった筈なのに・・・。最悪、宇宙空間に放り出され、その瞬間体液が沸騰して破裂して死ぬか、そうでなくても身体を色々改造され・・・、それでもやっぱり死んでしまうのか・・・。)



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